調理職人ドラセナのオムライスが自慢!

アストルティアの片隅にある『南国レストランカフェ ドラセナ』 シェフ・ドラセナとオーナー・ガジュマルがその日常を綴ります

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2018年09月

2ガジュマル

今日はちょっと前の「絶望なんてしてて当たり前」という記事の中で、

ファミコンNGな家庭で育ち、それに対し僕が取った対応策については今度お話ししましょうということでしたので、

今日はそのお話です。



その時もお話ししたように、僕の両親はファミコンに対してあまり良いイメージを持っておらず、

その頃、大半の家庭にあったファミコンでしたが、僕は買ってもらうことができず持っていなかったんです。

友達の家に遊びに行った時だけ少し遊べるくらいでしたかね。


で、そんなファミコンを持っている周りの友達が羨ましくてしょうがなかった僕は、

ある方法で、ファミコンで遊んでる気分を少しでも味わおうとするのですが、

それが、バンダイから発売されていた「パーティジョイ」というボードゲームのシリーズ。


分かりやすく言うと、人生ゲームのようなすごろくタイプのボードゲームなのですが、

その種類がとんでもない数の種類がありまして、恐らくですが、軽く100は超えていたんじゃないでしょうか?
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(勝手に人様の画像拝借させていただいてます)

当時人気だったアニメなんかを舞台にしたものや、

人気のあったファミコンのソフトを舞台にしたものなど、ホント色々あったんです。

(画像の阪神タイガースのがちょっと気になりますねw)


この「パーティジョイ」で遊ぶのだけは親も許してくれていて、

1個1000円のお手ごろ価格で買えることから、たまーーーに新しいやつが欲しいとおねだりをすれば、意外と買ってもらえることも多かったんです。もちろん自分のお年玉で買ったりもしていました。
 
で、そのすごろくのようなゲームの盤が、コンパクトに折りたたみできて、大体A4サイズくらいだったでしょうか、

コンパクトに収納できるので、なんとなくコレクション心もくすぐられるんですよ。

本のように棚に収納できますからね。


でも実際はですね、ファミコンを土台に作られたものは、意外とボードゲームとしては無理があったりもして、イマイチなものも多かったのですが、

そんな中、ファミコンの内容と、ボードゲームの内容が上手いことマッチしたものがあるのですが、

それが、この「ドラゴンボール」のやつ。
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ファミコンのドラゴンボールは、一番最初のやつは「がんばれゴエモン」タイプのアクションゲームだったのですが、

多分2作目かな?その第2弾として出たドラゴンボールは、

すごろくのようなマスがあり、さらにはカードを使って敵と戦うというような、かなり斬新なアイデアのロールプレイングゲームだったんですよ。当時のファミコンのこういったアイデア勝負みたいなことろが良かったですね。
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↑最初のファミコン版ドラゴンボール
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↑2作目のドラゴンボール
ドラゴンボール
で、戦闘シーンも漫画のような演出になっていたりで、かなり画期的なゲームでして、

僕はそれがどうしてもやりたかったわけですが、

そんな時に発売されたのがパーティジョイシリーズのドラゴンボール。

ゲームの内容がボードゲームのようなスタイルなので、パーティジョイには丁度いい感じで移植されて、

それを買って、僕はファミコンで遊んでる気分を味わっていたわけです。


ちなみに3作目はこんな感じで、
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この画期的なシステムが継承されつつグラフィックも少し奇麗になっていますね。
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これが本当はファミコンでやりたかったんですよねえ。


で、このパーティジョイシリーズ、さらに盤を裏返すと、またもう一つ別のタイプのボードゲームが遊べるようになってるんですよね。1個で2度美味しい仕様になってるんです。

ただ、ファミコンと違って一人で遊ぶことはできないので、人数を集めなくちゃですから、思い立った時にすぐ遊べないという欠点はありますかね。


他にも当時のガンダムのシミュレーションゲーム、これはファミコンじゃなくて「ディスクシステム」でしたかね、

それを模したパーティジョイとかもあって、そんなのも買ってやっていました。

当時は「SDガンダム」と言って、プクリポタイプの二頭身のガンダムが流行っていたんですよね。

なので、このガンダムのやつは何種類か持っていましたね。

他には「オバQ」とか「ウルトラマン倶楽部」のやつとか持ってましたかね。

で、このパーティジョイもファミコンと同様に友達の家に遊びに行くと、大体みんな1個は持っているというような80年代を代表する遊びの一つだったように思います。


で、そんな中、僕が出会ったパーティジョイシリーズの中でも名作だなと思っているものがありまして、

それが「ミニ四駆」のやつ。

「激走四駆ゲーム」ってやつですね。
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(こちらも人様の画像拝借させてもらっています)

これはもういかにもレースらしくシンプルに早くゴールしたら勝ちという、すごろくの原点的なルールなのですが、

それがやっぱり分かりやすくて面白いのと、

コースを自由自在に作れるという画期的なシステムもあったんですよね。

アスファルトやオフロードを組み合わせたり、沼地や砂地を加えてみたりとか、盤の裏表もあるので、かなり自由度が高い感じで組み合わせができまして、ゴールとスタートの地点も自由に決められるという仕様でした。
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で、マシーンのセッティングによって、進めるマス数が違うんです。

アスファルトのコースに強いセッティングにすれば、その路面ではサイコロの数+3になるとか言った感じですね。

何かに特化すると、他の路面では+0とかいう感じで不利になるようになっていましたかね。場合によっては-1とかもあったかな?

なので、サイコロの目は最大で3までしかないサイコロだったような記憶。

それプラス、セッティングによる補正分っていう感じでしたかね。

もちろん、すごろくのように途中でカードを引いたりして色々なハプニングが起きたり、相手のセッティングを強制的に変えてしまう、いたずら的なカードもあったと思います。


これが本当シンプルで面白かったんですよねえ。

あと1回あたりのプレイ時間が比較的短いのも良かったと思います。

他のシリーズですと、なかなか終わらないやつとかありましたからね。


そういえば今思い出しましたが、

このミニ四駆も、ファミコンではこれもまたすごろくタイプというか、それに近い感じのルーレットを回す感じのゲームでしたっけね。

これもまた当時としては斬新なアイデアでしたよね。



ここで挙げたパーティジョイシリーズ、家の倉庫とか探せば多分今でもあるはずなんですが、ちょっと探す気力無しw

今この時代に、大人たちが本気でこう言ったボードゲームを遊んだら意外と盛り上がるんじゃないでしょうかね。

またちょっとやってみたいなあ。

なんなら、もしもどこかに全シリーズの在庫が残っているなら、全シリーズ大人買いしてもいいですね。

多分今の価値では1個1000円では買えないと思いますが。。

全シリーズ揃えて、「パーティジョイカフェ」なんて開いたら面白そうですよね。

実際にボードゲームが遊べるカフェみたいなのはあるらしいですからね。



と、まあこんな感じの思い出話でしたが、

せっかくなので、タイトルにちなんでローリングストーンズの「ダイスをころがせ」(Tumbling Dice)でも聴いてお別れしましょうかね。

マーティン・スコセッシ監督が撮ったやつにしてみました。

観客席から観てるようなアングルがいいですね。

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2ガジュマル

以前書いた「絶望なんてしてて当たり前」という記事で、

僕が唯一、ノーコンティニューで全面クリアできるアーケード版のゲームがあるという話をしましたが、

今日はそのゲームについてお話ししましょう。



それはですね、もう僕の中ではかなりの名作ゲームなのではないかと思っているのですが、


「メルヘンメイズ」
というゲームがあるんですよ。
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当時意識したことありませんでしたが、「ナムコ」のゲームだったんですね。


この「メルヘンメイズ」こそが、僕が唯一、ノーコンティニューでクリアした事のあるゲーム。

このゲームのときばかりは、こんな僕でも「ノーコン・キッド」なわけです。
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ノーコンキッドが分からない方はこちら。

ドラクエⅡの回では堀井雄二さんも密かにゲスト出演しているドラマです。



で、この「メルヘンメイズ」は、

不思議の国のアリスがモチーフとなっている世界観のゲームでして、

アクションとシューティングが合わさったようなゲームなんです。

しかも世にも珍しい、斜めにスクロールするタイプのゲームで、視点も斜め上から見下ろしたような視点なんですよね。
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↑(何かアイテムを取ると一定時間うさぎのバリアが付く)

この時点でかなり斬新かつ画期的なゲームなのですが、

さらにはシューティングゲームのように、シャボン玉を「弾」のようにして撃って敵を倒していくのですが、

単に倒すのではなく、ステージから敵を落とすというシステムなんです。

これも他のシューティングゲームには無い要素ですよね。

空中に浮いたようなステージを進んでいくのですが、自分もそこから落ちたら即死亡で、敵も同じくステージ外に落としていくというシステム。

確か敵によっては破壊もできたかな?
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で、さらにはこの当時としては珍しい、「ためる」ことができるタイプのシューティング。

ボタン長押しでためて、シャボン玉を大きくして放つと、一気に敵を押し出せたり、場合によっては破壊できる感じでしたかね。

アイテムもいくつかあって、昔のシューティングゲームらしく、シャボン玉を3方向に打てるものや、大きなシャボン玉をためることなく連発できるようになるものなんかもあったと思います。


で、基本的に敵に接触したりしても自分がやられることはありません。

あくまでも、敵に弾き飛ばされステージ外に落ちたら1機減るというような感じ。
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昔はどんなゲームでも、チャレンジできる残数を残り何機というような表現をしていましたね。

多分インベーダーゲームなんかのシューティングゲームの名残なのでしょうが、

スーパーマリオなんかでも基本「残り1機」みたいに表現していたと思います。

ちなみにジャンプをミスればスーパーマリオなんかと同じように下に落ちて即死です。


で、このゲームの魅力は何と言っても世界観ですね。

アリスの世界観が見事にマッチしていて、

「お菓子の国」だとか「おもちゃの国」みたいな感じで、ステージが見事に彩られているんですよ。
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他には「虫の国」とか「ロボットの国」(機械の国だったかな?)とかありましたかね。

そんな各ステージがアリスの世界観に彩られ、それが全9ステージ。

各ステージのボスも個性的なものが多く、動きや攻撃パターンもかなり工夫がされていて、どのステージも面白い。

始めてボスに遭遇したときは、「何じゃこれ!」っていう驚きが各ステージごとにありましたね。


それでその全ステージ、1回コンテニューすればかなりの確率で全クリアできていたのですが、

ノーコンティニューでクリアできたのは数回だけだったかな。

でも、本当に嬉しかった。

このゲームが本当に大好きで、毎日のように駄菓子屋に通った結果ですね。

多分今やったら全くできないと思いますが、、



そうそう、そしてこの当時のゲームは、

ハイスコアを競うをいう概念もありましたよね。

ハイスコアを出して名前を残すんですよ。

3文字しか入力できないので、基本本名のイニシャルである「T.K」と入力するのですが、

今思えば、もっと自分であることをアピールできる3文字はなかったものかなあとか思います。

例えばノーコンキッドのように。

ノーコンキッドはノーコンティニューで、ゲームをクリアしハイスコアを残し、「KID」という文字を残していくんですね。

本名が「木戸」ということにもかけていて、こういう感じの自分をアピールできる3文字があれば良かったなあと。

余談になりますが、せっかくスイッチオンラインでファミコンができるのであれば、全世界のハイスコアランキングを各ゲームごとに競えたらいいですよね。



この「メルヘンメイズ」、アーケード版ができるのであれば是非もう一度やってみたいですね。

PCエンジン版はあるみたいなのですが、画像見たら斜めの視点ではないようです。

よく考えたら、斜め視点なので、ファミコンのような十字ボタンではきついでよすね。それで斜めじゃなくしたのかな??

あくまでも斜め視点のアーケード版をやりたい。

もしどこかでこのゲームを見かけることがあったら是非皆さんもやってみて下さい。

多分、今この時代にも色あせない魅力あるゲームだと思いますよ。(僕自身が大人になってからやったことがないので保証はできないw)



記事を書き終えたあとに、動画検索してみたら、

ゲームの様子が分かる動画を発見!

調べてみたら、今更だけどWiiで遊ぶことできたようです!


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ちなみに僕の本名は小室哲哉ではありません。

2ガジュマル

ガジュマル流音楽ブログスタートです。


今まで、このブログではロックやブルースに関しては色々とお話してきましたが、

そういえば、ジャズに関しては殆ど記事にしたことが無かったことに気が付きまして、

今日はちょっと、そっち方面でお話をしていこうかなと思っています。


というか、このタイトル「たしなむ程度にJAZZを」はシリーズ化しようとも思っています。

なので、一つの記事であれこれとお話しするのではなく、各回ごとに話を分けてシリーズ化していこうと考えています。


そんな訳で初回の今日は、

僕がジャズに興味持ち始めたきっかけに焦点を当ててお話ししたいと思います。


まず、始めに言っておきたいのは、タイトルで「たしなむ程度」と言っているように、ジャズに関してすごく知識がある訳でも、広く深く過度に熱中しているという訳でもありません。

もちろん全く聴かない時期もありますし、聴き始めると急に嵌ったようにあれこれと物色し始めたりと、まあ、気まぐれに本当タイトル通りたしなむ程度に楽しんでいるといった感じです。



それでは、何をきっかけにして興味を持ったのか?



それはですね、


有名な人の名言にこんな言葉があります


「ロックンロールの扉は、入る扉はそれぞれ違っても、中ではみんな繋がっている」


全くその通りで、実はこれ音楽全体に言えることなんですよね。


まず僕は「ブルーハーツ」という扉から音楽の世界に飛び込みました。


そしてその部屋はさらに奥が広がっていて、


それをきっかけに「ビートルズ」「ローリングストーンズ」を聴くことになります。


そしてさらには、ストーンズを聴くことでブルースやレゲエなんかにも興味を持ち始めるのですが、


そんな中で、とあるアルバムを買った時のことでした。


それがストーンズの「TATTOO YOU」(刺青の男)というアルバム。
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おっと、間違えました

本物はこっち
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このアルバムで聴いたテナーサックスの音に惹かれてジャズへ興味が沸き立つわけですが、

唐突過ぎて分からないですよね、もう少し詳しくお話ししましょう。


特にそのアルバムの中の最後を飾る曲「Waiting On A Friend」(友を待つ)という曲でのサックスが、僕にはとても感動的で、

そのアルバムを聴きながらライナーノーツを読んでみると、

元々ストーンズにはボビー・キーズという専属のアルトサックスの名プレイヤーがいるのですが、

ミック・ジャガーのアイデアで、今回のアルバムではジャズ系のサックスを入れたいということで、

ストーンズのメンバーでジャズに最も精通している、ジャズドラマーでもあるチャーリー・ワッツ先生にサックスを入れるなら誰がいいかと相談したところ、

チャーリーは多分無理だろうなと思いつつも、自分が好きなジャズ界の大御所、巨匠でもある「ソニー・ロリンズ」の名前を挙げたそうです。
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そして、数日後スタジオに足を運んでみると、なんとそこにはソニー・ロリンズがいて、チャーリーが興奮したと同時に、ミック・ジャガーの凄さを思い知ったというエピソードが載っていました。


それを読んで、そこで初めてソニー・ロリンズという名を知ることになるのですが、

それと同時に、ジャズ界にはこんなにすごいサックス奏者がいるんだなと関心が高まり、そこから徐々に色々聴くようになっていったというのが、ジャズに興味を持ち始めたきっかけであります。

それまでは、ルイ・アームストロングくらいは大好きで聴いていたものの、そこからさらに広げようとはせずにそこで留まっていたのですが、ソニー・ロリンズをきっかけに新たな扉が開かれた瞬間でした。


先ほど、チャーリー・ワッツ先生と表現しましたが、チャーリーは僕にとってのジャズの大先生でもあるので、この先もジャズのお話をするときには度々チャーリー先生は登場することになるかと思います。
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話をソニー・ロリンズに戻しますが、

力強さ、時には軽やかに、そしてリズムの心地よさ、さらには雄大さみたいなものを彼の演奏から感じたりするのですが、

とは言っても、たしなむ程度の僕なので、あまり専門的な目線ではどう彼を紹介して良いものか分からないのですが、

「カリプソ」の話くらいは触れておきましょうかね。

カリプソというのはカリブ海発祥の音楽でして、実はこのソニー・ロリンズの音楽にはこの要素が随所に散りばめられているんですよね。

彼自身の家系がそちらのほうであることも影響しているらしいのですが、多くの人がイメージする所謂ジャズとは少し違う印象のリズムのものが多かったりするのも特徴の一つですかね。

なので、「ソニー・ロリンズ=ジャズ」という認識で、色々曲を聴いてみるとちょっと違和感を感じるかもしれません。

僕なりの解釈で分かりやすく説明すると、ジャズにワールドミュージックっぽい要素が合わさったものというような感覚のほうがしっくりくるかもしれませんね。

2001年に来日したときにはライブにも行ったりもしたのですが、たしなむ程度の僕にはこの程度の話が限界です。


てな感じで、たしなむ程度の僕がかなり緩めの知識で、ただの愛情のみでこういった記事を書いて行こうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。


最後に一応、僕がジャズに興味を持つきっかけになった曲、

「Waiting On A Friend」(友を待つ)を聴いてお別れしましょう。

音楽の優しさみたいなものを感じる楽曲です。

間奏のサックスソロ、そしてエンディングのソロが圧巻ですね。

ゲストだからと言って、変に張り切った感じの演奏という訳でもなく、

どちらかというと、短い中にも的を射たような、自信に満ち溢れた貫禄のある演奏ですよね。

PVとしてはちょっとあれですが、、

本当によくぞこの人をチョイスしてくれたなチャーリー先生と思います。

チャーリーのリムショットによるドラムも心地好い。



ということで今日は、僕がジャズに興味を持ったきっかけのお話でしたが、

何がきっかけで新たな扉が開かれていくのか、様々きっかけがあるのがまた音楽の面白い所でもありますね。

ではまたそのうち、このシリーズでお会いしましょう。

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オマケで僕がこの曲をギターでカバーしたバージョンも。

2ガジュマル

ニンテンドースイッチで新たなオンラインサービスが開始されましたね。

月額300円、年額だと2400円でオンラインのゲームが遊べるようです。

なんと良心的な価格なのでしょうか。

ドラクエⅩ一つのゲームで毎月1000円以上支払っていることを考えれば、

この価格でニンテンドースイッチで遊べるいくつものゲームがオンラインで遊べることを考えれば安いものです。


さらにはファミコンのソフトも遊べるようで、今後のソフトの追加とかを考えれば安いですよね。

このファミコンソフト、当時は1個あたり4000~6000円の価格でしたからね。

中には「コーエー」のシミューレーションゲームとなれば1万円近いものもありましたし。

子供の僕には当然手の届かない価格だったわけですが、この「コーエー」「信長の野望」とか「三国志」なんかをこの当時から遊ぶことができていたら、もしかしたら今頃歴史好きにでもなっていたのかな~なんて想像したりもします。

当時の親御さんたちが、ゲームきっかけで学ぶことがあったりすることに理解があれば、もっと子供の興味の持ち方とかも変わったりしていたのかなとかも思ったり。


当時は「ゲーム=悪」と考える大人も多かったですよね。

うちの家庭もその類で、当然ファミコンなんて買ってもらえず、

だいぶ時が経ってから、一回り以上年の離れた従兄から、もうやらないからと、ファミコン本体とソフト30本くらいを譲り受けることになるのですが、

さすがに親も、ただで貰えるものは貰っておけ的な発想からか、ここで初めて家でゲームで遊ぶ許しが出たわけです。

で、ファミコンNGな家庭で、その当時僕が取った打開策があったのですが、その話はまた今度にしましょう。


話を戻しまして、

さっそく僕も「ニンテンドースイッチオンライン」の年額を支払い、今のところオンラインで遊べるソフトを持っていないので、

とりあえずファミコンをやってみました。


今のところ20種のソフトが遊べるようですね。
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どのゲームも懐かしいですね。

当時ハマったものもあれば、やったことのないものもあります。


今後も毎月追加される予定らしいのですが、

個人的には「ジャレコ」とか「バンダイ」のゲームも追加してもらえたら嬉しいですね。

「バンダイ」系の角が丸まったカセットが懐かしい。


そしてこのスイッチ版は、何よりも当時は無かったセーブ機能があるのがいいですね。

どのタイミングでも中断できるのが嬉しい。


こうしてみると、やはりこの中でも「スーパーマリオブラザース3」なんてのは現代の目線でみても名作ですよね。

ファミコンとしてはかなりクオリティーが高いと思います。

でもこのゲーム、最初から最後までワープ無しでやった場合めっちゃ長いんですよね。

それがスイッチで遊べるようになったことでセーブができるという。有り難い機能です。


でもこのファミコンシリーズ、できれば説明書が欲しいところ。

「エキサイトバイク」のAボタンとBボタンの違いってなんでしたっけ?


で、まあ、操作の分からないものもあるなか、

それぞれのゲームを少しずつ遊んでみたのですが、

それによって思い起こされたのが、


この当時のゲームはとにかく難しい!


やはりゲームセンターなどにあるアーケード版から移植それたりするものもあるからなのでしょうか、

アーケード版はお金をつぎ込んでもらってなんぼなので、基本難しい設定ですよね。


あとは、アクションゲームやシューティングゲームが多かったせいでしょうか、

もうクリアできないのが当たり前のような感じでしたね。


今のゲームはなんだかんだ少し頑張ればクリアできるようになっていたりする感じがするのですが、

このファミコンやアーケード版のゲームなんかはとにかく辛口で、

今のゲームはどちらかというと、周りがクリアできていて自分だけクリアできないと劣等感のようなものを感じてしまうことがあります。ドラクエⅩなんかでもそういう風潮はありますよね。

で、この当時のファミコンなんかでは、クリアできる人が圧倒的少数で、クリアできないのが当たり前で、

もう基本的にゲームの難しさに絶望してて当たり前だったんですよね。


恐らくクリアできない人のための最終手段的救済処置でもあったのかなとも思うのですが、

当時は裏技的な感じで隠しコマンドを入力すると、無敵モードになったり、いきなりエンディングが見れるみたいな裏技が各ゲームにあったりしたものでした。

で、試しに無敵モードみたいなのでやってみて、先のステージを見てみると、「こんな絶対無理やん」って結局納得するんですよね。絶望的な難しさを受け入れる瞬間でもあります。


でも当時はクリアできなくてもそこまで嫌ではなかったんですよね。不思議です。

今改めてファミコンをやってみて、

なんというか、「ゲームオーバー」というものこそにゲームの美学みたいなものがあるような気がしましたね。

当時のゲームはストーリー性というものは殆ど無いに等しかったので、先のストーリーが気になるとかそういうのが無かったからかもしれません。

ストーリーやキャラ設定、舞台設定みたいなものは、説明書にざっくりと書いてある程度でしたよね。
(このこともあるので説明書欲しいですね)

で、エンディングなんかも英語の文字でよく分からない画面が出てくるくらいだったりで、正直見ても見なくても良いようなものが多かったので、クリアできなくてもそこまで悔しくはなかったのかなと、今改めて感じております。


何度も何度もゲームオーバーを繰り返して、いつもより先のステージに一つ進めるだけでも嬉しいものでした。

だから一つのゲームを集中的に遊ぶということもなくて、ある程度自分の成績に満足したら違うゲームをやるというような形でしたかね。

なので、当時は「ゲームの時間は1時間まで」なんて言われていましたので、

今の子達からしたら、「1時間なんて日課やったら終わりやん」なんて思ってしまうかもしれませんが、

意外と1時間でも遊べるものでした。

ゲーム自体が単調なものが多かったですからね。

それを各ゲームで少しずつ遊ぶ感じでもあったからでしょうかね。

あと兄弟がいたりすると、時間をちゃんと守らないと、あとの人ができなくなってしまうから、時間はなんだかんだちゃんと守っていました。


そしてゲームの難しさに関してもう少しお話しすると、

先ほども言いましたが、クリアできない人が圧倒的多数なもんですから、

クリアできないことで劣等感を感じるのではなくて、

クリアできる人をシンプルに尊敬の眼差し見るようになるんですよ。

クリアできないのが当たり前、絶望なんてしてて当たり前ですからね。


なので、ゲームセンターや駄菓子屋なんかでは、(昔は駄菓子屋にゲームが置いてあった)

上手い人がやっている所に、ギャラリーが集るわけですよ。

で、見たことのないステージを見ることになって、

「この先ってこんな感じになってるんだぁ」とか

「そのボス、その位置が安全地帯なのか!」とか

人がやっているのを見て勉強したものです。

今でいう、「ゲーム実況ライブ」の原点のようなものですね。

今皆さんがYOUTUBEなんかで見るゲーム実況を生で見る感じです。

で、たまに小銭の両替を頼まれたりするんですけどねw

昔は駄菓子屋とかでは1ゲーム20円とか30円とかでしたかね。


人のやっているのを見て、先の様子が分かってしまって、ネタバレしちゃって嫌なんじゃないかとか思うかもしれませんが、

そういう感情は一切なかったんですよね。そういう次元のゲームじゃないんですよ。

もうクリアできないのが当たり前という考えがありますから、

自分には叶わなかったその先のステージを見せてくれてありがとう!という感情が強く、

いつの間にか、その神がかって上手い人を、知らない人なのに応援している自分がいるんです。

なんか上手い人の所に人が集まってくる感じは、なんかゲームを通じて一体感みたいなものがあって、これはこれで面白かったですね。

まあ、時には「早く終われ」って思うこともありましたがw



と、まあ、ここまでお話してきた通り、当時のゲームというのはとにかく難しいものが多かったのですが、

こんな僕でも、唯一、ノーコンティニューで全面クリアできるアーケード版のゲームがあったのですが、

また長くなるのでその話は今度にしましょう。

今度になる話が二つも出てしまいましたが、

とりあえず今日はここまで。


「ゲームオーバー」こそがゲームの美学。

というお話でした。

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「ドンキーコング」の1面で大苦戦した挙句、

2面で絶望を味わいました。3面目指して頑張ります。

■■■ 修正した不具合 ■■■


◆9月21日にアップされた記事『マイナー料理を作ろう【スパイスカレー編】』において、紹介した動画を観ることができない。
 
 ⇒動画が非公開の状態だった上に、動画の貼り付けを忘れていました。申し訳ございませんでした。問題は修正済みです。




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